Fushimi et al. 2019 PNAS論文のあれやこれや

この度、特任助教の伏見さんが筆頭著者、成川が責任・最終著者論文がProc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.誌に掲載されました!成川研スタートからちょうど5年というタイミングで、当ラボのマイルストーンとなる論文が出版できたことをとても嬉しく思っています。この論文については、非常に思い入れが強く、また、様々な人たちが関わって完成した論文なので、少々(かなり・・・)、長くなりますが、経緯についてまとめたいと思います。


PNASオンライン版

「Rational conversion of chromophore selectivity of cyanobacteriochromes to accept mammalian intrinsic biliverdin」

https://www.pnas.org/content/116/17/8301


静岡大学プレスリリース

「哺乳類内在色素・ビリベルジンを結合する分子の合理的設計と応用利用」

http://www.shizuoka.ac.jp/pressrelease/pdf/2019/PressRelease_02.pdf


この論文のタイトルは「Rational conversion of chromophore selectivity of cyanobacteriochromes to accept mammalian intrinsic biliverdin」で、意訳すると「シアノバクテリオクロムという光受容体に合理的改変を施し、哺乳類内在色素・ビリベルジンを結合できるように色素選択性を変換した」という内容になります。シアノバクテリオクロムとは、成川が所属していた東大・駒場の池内昌彦教授の研究室で世界で初めて分光的に解析され、命名された光受容体です(Yoshihara et al. 2004 Plant Cell Physiol.)。その後の研究によって、多様な光質・光量を感知する分子が発見されています(Fushimi & Narikawa 2019 Curr. Opin. Struct. Biol.)。この論文が出た当時、成川は博士の学生で、隣でその研究を間近に見ていました。成川自身の博士の研究テーマは自分で考え、非常に面白いテーマだと今でも思っていますが(Narikawa et al. 2004 DNA Res., Narikawa et al. 2006 Photochem. Photobiol.)、チャレンジング過ぎて、自分のやりたいことを実現するには、シアノバクテリオクロムを対象にした方が良いだろう、という確信に近い思いを抱えていました。そこで、博士取得後も1年間は学振PDで研究室に残ることになっていたので、博士取得の見込みが立った時に、シアノバクテリオクロムの研究をしたい!と池内教授に直談判したところ、快諾していただき、その日のうちに早速プライマーを注文したことを今でもよく覚えております。それが2006年2月半ばのことです。そして、最初に着手した分子が、今回のPNAS論文でもメインの解析対象分子となっているAnPixJg2だったのです。つまり、成川は10年以上、AnPixJg2を対象とし続けているわけで、とても付き合いの長い思い入れの深い分子となりました。

さて、AnPixJg2については、解析を深めた結果、2008年にJ. Mol. Biol. 誌に最初の解析論文を報告し、フィコシアノビリン(PCB)という色素を共有結合し、赤色光と緑色光の間で可逆的に光変換することを見出し、分子メカニズムについて考察を行いました(Narikawa et al. 2008 J. Mol. Biol.)。その後、国内外との共同研究でラマン分光、X線結晶構造解析、NMRなどを駆使することで、この分子の光変換メカニズムの詳細をより深く理解することができました(Fukushima et al. 2011 Biochemistry, Narikawa et al. 2013 Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Velazquez Escobar et al. 2013 Biochemistry, Song et al. 2015 Biochemistry, Song et al. 2015 J. Phys. Chem. B, Scarbath-Evers et al. 2017 Phys. Chem. Chem. Phys.)。この中でも、2013年にPNAS誌に報告した結晶構造解析に関する論文の出版過程で、今回の研究に繋がる最初の萌芽が生まれました。2013年のPNAS論文リバイスのために、PCBの代わりに、それよりも少しだけ長波長のフィトクロモビリン(PΦB)を結合させる実験を行ったところ、意外なことに、PΦBではなく、その前駆体であるビリベルジン(BV)が僅かに結合するという結果が得られました。これは、当時とても納得のできるような結果ではありませんでした。右図を見ていただくと分かりますが、PCBとPΦBはA環の構造が全く同じで、18^1位と18^2位の間の結合が単結合か二重結合かの違いのみです。一方、PCBとBVは、D環の違いに加えて、A環も異なっています。特に、A環の3^1位に、保存されたCys残基が共有結合するため、A環の構造が結合に重要と考えられ、PΦBが結合せずにBVが結合したという事実は非常に不可解だったわけです。兎にも角にも、この実験系では、リバイスに対応することはできなそうだったので、それ以外の実験系でリバイスを進めました。


その後、何とか2013年のPNAS論文を通すことができて、一段落ついた時に、前述した不可解な事実に向き合うことにしました。これまでは「シアノバクテリオクロムにはBVが結合することはない」と思い込んでいたので、「結合効率は悪いもののBVがシアノバクテリオクロムに結合しうる」という事実から、「BVを効率よく結合するシアノバクテリオクロムが天然に存在するのでは!?」という仮説に至ったのです。それではどのような生物から探索すれば、そのようなシアノバクテリオクロムが見つかるだろうか?と考えを進めたところ、以前から成川が興味を持ちつつ対象としていなかったシアノバクテリアAcaryochloris marina(アカリオクロリス)に行き着いたわけです。アカリオクロリスは非常にユニークなシアノバクテリアで、それ以外の酸素発生型光合成生物は全て、光合成反応中心色素としてクロロフィルaを利用するのですが、アカリオクロリスは例外的にクロロフィルdを利用するという性質を持っています。このクロロフィルdはクロロフィルaよりも50 nmほど長波長の遠赤色光を吸収します(右図)。つまり、他の生物よりも長波長のエネルギーを利用しているということになります。そのようなことから、エネルギーとして長波長の光を利用しているので、感知する光も同様に長波長シフトしているのでは、という仮説の着想に至りました。エネルギー利用において、色素を変えることで長波長化していることから、情報としての利用においても同様に色素に着目することにしました。つまり、PCBよりも長波長の光質を吸収するBVを結合するのであれば、長波長になるはずなので、アカリオクロリス由来のシアノバクテリオクロムはBVを効率よく結合するのでは、ということです。


アカリオクロリスを研究対象として実験を進めたいという思いは、実はBV結合可能性について思いつく以前からありまして、よく当時のボスである池内先生にその旨を話していたのですが、実習やプライベートなどで中々に忙しく、思い切りがつかない日々を過ごしていました。2013年の夏のゼミにて、やはりアカリオクロリスをやりたいんですよねぇ、と話したところ、池内先生が「夏学期の実習も終わったわけだし夏休みの自由研究と思ってやりなよ!」と後押ししてくれました。「夏休みの自由研究」という響きが気に入り、よしやってやろうという気持ちが湧いてきました。そこからはあれよあれよという間に面白いデータが続々と出てきました。これは東大駒場の最終年度での出来事だったので、ここで出てきた成果を立ち上げるラボのコアとして持っていくことができ、池内先生には本当に感謝しています。しかしながら、その冬のゼミにて、意気揚々と「夏休みの自由研究の成果を発表します!」と宣言したところ(右図)、当の池内先生から「何それ?僕そんなこと言ったっけ?」という強烈な肩透かしを食らったのも良い思い出です(笑)。


まずは、僅かにBVを結合したAnPixJg2が属するXRGサブファミリーのシアノバクテリオクロムをアカリオクロリスのゲノム中から探索し、5つのドメインを候補として選抜しました。これらのドメインを全て、PCB産生大腸菌とBV産生大腸菌で発現し精製したところ、全てのドメインはPCBを結合し、かつ、それらのうちの3つはBVも非常に効率よく結合することが明らかとなりました。PCBを結合したドメインは、一つを除いて、AnPixJg2同様、赤色光と緑色光の間の可逆的光変換を示しましたが、例外的にAM1_1186g2という分子は赤色光と青色光の間で可逆的に光変換するというものでした。この結果は完全に予想外でしたので、この分子機構について詳細に解析し、あるシステイン残基が過渡的に色素に共有結合することで、短波長の青色光を吸収できるようになることを解明し、2014年に論文として報告することができました(Narikawa 2014 Biochemistry)。そして、BVを結合した分子は全て、遠赤色光と橙色光の間の可逆的に光変換を示し、予想通りPCB結合型よりも長波長シフトしていました。中でも、最も素性の良かったAM1_1557g2については2015年に論文として、AM1_C0023g2については、次の年にPCB結合型の応用利用も含めた論文としてそれぞれ報告しました(Narikawa et al. 2015 Sci. Rep., Fushimi et al. 2016 Front. Microbiol.)。また、BV結合効率の悪かったAM1_1870g3という分子に関しては、PCB結合型もBV結合型も両方とも他の分子よりさらに長波長シフトしていたので、その特徴を基に、2015年に論文として報告できました(Narikawa et al. 2015 Biochem. Biophys. Res. Commun.)。残ったAM1_6305g2に関しては、現博士一年生の三宅くんが再解析した上で、今回のPNAS誌に合わせて報告しています(Fushimi et al. 2019 PNAS)。ということで、結果的に、選抜した5つの分子がそれぞれ別の論文として報告できたということになります。


これで、天然のBV結合分子については、一段落がついたわけですが、同じXRGサブファミリーに属するにも関わらず、なぜアカリオクロリス由来の分子はBVを結合できて、他の生物由来の分子はBVを結合できないのか?という疑問が湧いてきました。つまり、どのアミノ酸がBV結合の選択性を決めているのか、という問いです。その問いが生じた時は、ちょうど成川研二年目にあたり、卒研第1期生が配属していた時期でした。そこで、第1期生の山本くん(2015年4月〜2016年3月所属)が、配属当初は別の研究テーマに取り組んでいたのですが、この問いに答える研究に取り組んでくれることになりました。BVを結合しないAnPixJg2のPCB結合型の結晶構造を我々は既に決定していたので、その構造情報と配列情報を組み合わせて、BV結合に重要なアミノ酸を予測することにしました。具体的にはPCBの近傍6 Å以内のアミノ酸の中で、BV結合型に特異的に保存されているアミノ酸9つを抽出しました。まず、これらのアミノ酸について、AM1_1557g2を土台に、AnPixJg2型(非BV結合型)に変換したところ(Loss-of-function変異)、興味深いことに、1つの変異は寧ろBV結合効率が上昇し、それ以外については、程度の差こそあれど、どれも結合効率が下がる傾向にありました。そこで、これら8つのアミノ酸について、既知の構造を眺めて重要そうなアミノ酸から非BV結合型のアミノ酸に置換してみました(Gain-of-function変異)。その結果、5つのアミノ酸を導入したBV5では、全くBVを結合しなかったにも関わらず、8つ全て導入したBV8では、非常に効率よくBVを結合することが分かりました。このタイミングで彼は卒業となってしまいましたが、今回の論文の最初のコアであるBV8を見つけるという非常に大きな仕事をしてくれました。また、彼の卒業論文でのディスカッションにおいて、当時、BV結合型の結晶構造は未解明だったわけですが、それにも関わらず、PCBとはCysの結合位置が変わることで、プロピオン酸と周辺アミノ酸残基との立体障害が起き、それを解消する変異であるという可能性を議論しており(右図)、実際に構造の解釈とほぼ同じでした(下図参照)。当時の自分たちが結構鋭い洞察力を持っていたな、と自画自賛しています(笑)。彼は、それ以外にも非常に多くの実験をしてくれて、未だ論文になっていないが重要な発見もいくつかしてくれました。


山本くんの卒業後、特任助教の伏見さんが他の仕事で忙しかったので、暫く間が開いてしまったのですが、2017年の頭、他の仕事が落ち着いたタイミングでBV8の仕事を引き継いでくれました。因みに、このように色素周りのアミノ酸に着目して配列を比較し、合理的改変を施す研究は、僕らの定番解析となり、実際に着手したのはBV8の後ですが、暗反転スピードを改変するDR6という変異体の作出に成功し、論文化しています(Fushimi et al. 2017 Photochem. Photobiol.)。さて、伏見さんの最初の仕事として、BV8がBVを効率良く結合するのは良いけれど、それ以上減らせないのか?ということにまずは着手しました。構造を眺めたり、配列を更に比較したりすることで、色々と紆余曲折があったものの、最終的に4つのアミノ酸に絞ることに成功しました(BV4)。また、二つのアミノ酸しか置換していないBV2でも高いBV結合効率を保つことも見出しました。そこで続いて、なぜBVを結合できるようになったのか、その分子基盤を解明したいということで結晶構造解析を進めることにしました。BV4やBV2は野生型と比べて、結合色素が少し違う、アミノ酸が2-4個異なるだけでしたので、まずは野生型のAnPIxJg2が結晶化した条件で(Narikawa et al. 2009 Acta Cryst. F)、結晶を仕込んでみました。結構な期待を込めていたのですが、残念ながら同じ条件では全く結晶は出ませんでした。そこで、本格的に結晶化を目指すために、成川が兼任としてグリーン科学技術研究所に所属するタイミングで、新たにグリーン研に着任された結晶構造解析の専門家・宮崎さんと共同研究により進めることにしました(2017年8月頃)。ここで伏見さんがかなりのハードワークをしてくれたお陰で、結晶化の条件を絞ることができました。最終的に2017年12月の放射光での実験により、1.6 Åという高分解能での構造決定に成功しました。この構造をPCBが結合した野生型のAnPixJg2の構造と比較したところ、PCBに対しては、保存されたCys残基がC3^1に結合していますが、BVに対しては、C3^2に結合していました。つまり、BV結合の方が炭素1つ分、色素がタンパク質結合ポケットの奥深くに挿入されているわけです。それによって、野生型ではC環のプロピオン酸とメチン基が周辺のアミノ酸と立体障害を起こしたと考えられました。置換した4つのアミノ酸残基は、その立体障害を解消するように協調して作用していることが明らかとなりました(上図)。


結晶構造解析から、4つのアミノ酸が重要であることが明らかになったため、同じXRGサブファミリーに属する他のシアノバクテリオクロムにも同様な変異を導入したところ、いくつかのドメインについて、BV結合能を付与することに成功しました。この過程で、現修士二年生の竹田さんにも貢献してもらいました。その中の一つは、元々、PCBを結合しながら光変換を示さずに強い蛍光を発するものでしたので、蛍光特性を調べたところ、BV4も同様にBVを結合して蛍光を発することが明らかとなりました。そこで、東京大学の佐藤さんらに協力してもらい、哺乳類培養細胞、マウス個体の肝臓で発現し、近赤外の蛍光を検出することに成功しました。中でも、成川研での卒業研究を経て佐藤研に進学した桑崎くん(2016年4月〜2017年3月所属)が多大な貢献をしてくれました。最後に、定量的なデータや脇を固める細かいデータなどをしっかりとった上で、ようやく論文投稿という形になりました(2018年10月)。論文採択まで色々と苦労しましたが、、結果的にPNAS誌に採択されることができて、とても嬉しく思っています(Fushimi et al. 2019 PNAS)。


さらに、BV4を導入した分子群の中で、BV結合能を付与することに失敗していたAM1_1186g2については、 BV4の結晶構造と配列比較を基に、異なる変異導入を進めたところ、結果的に、BVを結合し、遠赤色光と青色光で可逆的に光変換する分子を創出することにも成功しました(Kuwasaki et al. 2019 Int. J. Mol. Sci.)。この分子は現状では、既知のフィトクロム・シアノバクテリオクロムの中で、二つの吸収型の吸収差が最も大きいというレコード分子となります。


ところで、この研究の最初のきっかけとなった2013年のPNAS論文のリバイス実験で見つかった「AnPixJg2にBVが結合し得る」というデータですが、実は実験系に大きなエラーがあったということが、2016年10月頃に判明しました。私たちの実験系では、大腸菌の中で色素を合成する共発現系を用いることで、各種の色素が結合したホロタンパク質を調製しているのですが、PΦBを産生するHY2という酵素を発現するpKT272プラスミドを詳しく調べたところ、HY2コード領域においてグアニンの1塩基欠失変異が起きたプラスミドを使用していたことが判明したのです(右上図)。右上のシーケンスにおいて、Gが3塩基続いている箇所が、本来は4つ続くべきなのですが、Gの1塩基欠失が起きていました。つまり、PΦBはそのプラスミドでは合成されず、その前駆体であるBVのみが合成されていた、ということです。そこで、点変異導入により、Gを1塩基挿入したプラスミドを右下のシーケンスのように作製し直して、元に戻した正しいPΦB産生大腸菌からAnPixJg2を精製したところ、PΦBが結合したホロタンパク質が得られました。その光変換差スペクトルは、PCB結合型よりも少しだけ長波長にシフトし、当初の予測通りの結果となりました。(右下図)。ということで、当初の「BVよりもPΦBの方がPCBに明らかに似ているにも関わらず、AnPixJg2はPΦBを結合せずにBVを結合した」という結論は間違いで、「PΦBは効率よくAnPixJg2に結合し、BVも僅かに結合する」という結論になったのです。しかし、このエラーがあったからこそ、「シアノバクテリオクロムにBVが結合し得る」という考えに至り、アカリオクロリスの研究にも繋がったわけですから、このエラーがなく普通にPΦB結合型の分析をするだけで終わっていたら、そこで研究は収束し、上に書かれているような長大なストーリーとそれに伴う多くの論文は産み出されなかったかもしれません。まさに「怪我の功名」、「嘘から出たまこと」のような展開になったわけですね。このように研究というものはどのように転がっていくのか、本当に予想がつかないものです。


私たちは今、この論文の知見を基に更なる解析を進めています。研究というものは、どこまで行ってもゴールはなく、やればやる程、新しい疑問や課題が生じます。そのため、論文が掲載されたことで、一つの区切りにはなりますが、やはり研究はその後も続いていくわけです。また、私たちの研究を基に、全く別のグループが研究を展開してくれることもあります。このようにして、知見がさらに蓄積していくわけです。ということで、今後も成川研から特色ある成果を出すべく、頑張っていきたいと思っています!

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