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Fushimi et al. 2020 PNAS論文のあれやこれや

出版から一年以上が経過してしまいましたが、2020年にPNASに掲載された伏見さんが筆頭の論文について、その経緯をまとめたいと思います。


Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.

「Evolution-inspired design of multicolored photoswitches from a single cyanobacteriochrome scaffold」



この論文は、アカリオクロリスというシアノバクテリアから長波長の光質を感知するシアノバクテリオクロム(CBCR)を探索するプロジェクトのサイドプロジェクトとして、長波長ではなく短波長感知型も広く分子の解析を進めようという方針で始まったものです。ほぼ全てのCBCRでは、第一のCysと呼ばれるCys残基が色素に安定的に共有結合しているのですが、短波長型は、それに加えて第二のCysを持つことが大きな特徴になります。そこで、アカリオクロリスのゲノム中で第二のCysを併せ持つCBCR分子群を網羅的に解析しました。第二のCysは二つの機能に関わっていることが既に分かっており、一つはCBCRに結合したフィコシアノビリン(PCB)という色素をフィコビオロビリン(PVB)という色素に異性化する機能、もう一つは光変換過程で色素に脱着する機能です。前者の機能によって産生されるPVBはPCBに比べて共役系が短いため、短波長の緑色光を吸収します。また、色素に結合する際には、色素の中心に位置するC10に結合するため、さらに共役系が短くなります。そのため、第二のCysを持つ典型的な分子は青色光と緑色光で可逆的に光変換を示します。しかし、これまでの先行研究から、第二のCysがこれら二つの機能のうちのどちらかを失っている分子も発見されています。PVBへの異性化機能を失うと、青色光と橙色光の間で光変換を示すのに対して、色素への脱着機能を失うと、緑色光と黄緑色光の間の光変換を示します。さらに、末端に位置するD環が高度に捻れることによって、共役系が短くなり、吸収する光質が短波長シフトすることも知られています。例えば、緑色光吸収型において高度な捩れが生じると青緑色光吸収型になります。


アカリオクロリスの第二のCysを持っている分子群は、上述したような様々なタイプが存在し、青色光と緑色光の間の典型的な光変換を示す分子に加えて、青/青緑色光変換型、緑/青緑色光変換型、青/橙色光変換型などを発見することができました。これらについては、全て先行研究で報告されているものと似通っていましたが、一つだけ今までにないユニークな挙動を示し、青色光の強度を感知するセンサーとして働くことを見出しました。そこで、その分子の解析をメインとした論文を2018年にJBCに報告しました(Hasegawa et al. 2018 JBC)。この仕事は、1期生の及川くんがクローニングを行ってくれて、それらの解析を2期生の長谷川さんが行ってくれました。二人とも卒業研究の一年間だけの従事でしたが、このような形でアウトプットできてとても良かったと思います。特に長谷川さんは卒業後、東京大学の大学院に進学しましたが、論文のリバイスのために、わざわざ夏休みに静岡まで来て追加実験をしてくれました。


この論文のリバイスにおいて、対象としている分子群の系統関係をしっかりと提示してくれ、というリクエストがありました。それを受けて、詳細な系統樹を作成したことが、次の研究へと繋がったのです。詳細な系統関係を調べたところ、対象としていた分子の一つであるAM1_6305g1という分子に非常に近縁であるにもかかわらず、第二のCysを欠いているAM1_1499g1という分子があることに気づいたのです。この分子は、明らかに第二のCysを持つ分子群と同一のサブファミリーに属するにもかかわらず、第二のCysを欠いていたため、AM1_1499g1がAM1_6305g1との分岐後に第二のCysを失ったことが示唆されました。実は、この分子については、最初に述べた長波長の光質を感知するCBCRを探索する際に、最初にターゲットとしていたものであり、既に私自身が研究対象として、PCBを結合し橙色光と緑色光の間で可逆的に光変換を示すことを見出していた分子でした(右図)。しかし、この分子単独で論文にするにはデータや深みが足りず、お蔵入りになっていたものだったのです。この分子の解析をしたのは、2013年7月でしたので、5年近くお蔵入りをしていたわけです(右図のデータ名参照)。


AM1_6305g1はPVBを結合し、緑色光と青緑色光の間の可逆的な光変換を示しました。これは、第二のCysの2つの機能のうちの異性化活性は保持しているものの、色素への脱着機能は失っていると考えられる挙動であり、かつ、青緑色光吸収型では、D環が高度に捩れていると考えられます。一方、このサブファミリーに属する他の分子は、PVBを結合し、青色光と青緑色光の間で可逆的に光変換を示すことが先行研究によって報告されていました。この分子のおいては、第二のCysは両方の機能を保持していると考えられます。このように、このサブファミリーの内部において、小進化によって多様な光変換の分子が生じていることが示唆されました。その上で、最初はあまり壮大なことは考えずに、JBCの論文が受理された後に、AM1_6305g1とAM1_1499g1の間の比較で小さい論文を作れるのではないかと考えたわけです。実際に、AM1_1499g1に第二のCysを導入すると、異性化活性が付与されて、PVBを結合し黄色光と青緑色光の間で光変換を示しました。続いて、逆に異性化活性を失わせるべく、AM1_6305g1の第二のCysをSerに置換したところ、これは完全に予想外だったのですが、その変異体はPVBへの異性化活性を示し、野生型と同様の緑色光と青緑色光の間の可逆的な光変換を示しました。つまり、第二のCysはPVBへの異性化活性に必須だと考えていたのですが、この分子においては、必要ではないということが分かってしまったのです。この結果が得られたことから、AM1_6305g1とAM1_1499g1の間の単純な比較・機能の入れ替えという研究に着地することは難しくなってしまいました。


しかし、AM1_1499g1をAM1_6305g1型に変換することはできましたので、そちらのプロジェクトをさらに進めることにしました。まず最初に、異性化機能を付与したAM1_1499g1の変異体は緑色光と青緑色光の間で光変換を示しますが、AM1_6305g1は緑色光ではなく、それより20 nmほど長波長の黄色光と青緑色光の間で光変換を示します。大差ないと思うかもしれませんが、僕らにとっては結構大きな差です。実際、それぞれのピーク波長の580 nmと560 nmの光を比較すると、前者は黄色、後者は緑色を呈します(右図)。そこで、AM1_6305g1とAM1_1499g1の間で異なっているアミノ酸残基を色素近傍で探索したところ、二つのアミノ酸残基が抽出されました。そこで、AM1_1499g1のアミノ酸をAM1_6305g2型に置換したところ、野生型では580 nmを吸収ピークとしていたものが、変異型では560 nmを吸収ピークとなったのです。



続いて、同じサブファミリーの他の分子では、第二のCysが異性化に関わるだけでなく、色素に脱着するということが分かっています。そこで、これらの分子とAM1_1499g1とAM1_6305g1とを比較することで、前者に特有のアミノ酸残基を見出しました。実際に、第二のCysに加えて、そのアミノ酸残基も導入すると、第二のCysが色素へ脱着するようになりました。以上の解析によって、野生型の橙・緑色光変換型に加えて、黄・青緑色光変換型、黄緑・青緑色光変換型、青・青緑色光変換型の3つの変異体が得られました。これらの分子群では全て、末端の環が高度に捩れた捩れ型になっているということが想定されましたが、先行研究において、環の捩れに関わるアミノ酸残基が既に報告されていたため、その変異をこれら全てに導入したところ、実際に捩れが緩和され、それぞれが橙・黄色光変換型、黄・緑色変換型、黄緑・緑色光変換型、青・緑色光変換型となりました。以上より、一つの天然分子を基盤に、段階的に変異導入を施すことで、7つの異なる光質に応答する改変分子を創出することに成功したのです(右図)。


これでAM1_1499g1を基盤とした色調節機構の改変は一通り完了したわけですが、応用利用の枠組みでのデータも取得したいということで、作出した改変分子の中でも黄・青緑色光変換型の分子に着目しました。というのは、これまでの先行研究によって、青・緑・赤色光に応答する様々なオプトジェネティクスツールが開発されていますので、それらと重複しない光質で制御できるツールを開発できれば、様々な光質によるマルチ制御系を構築できると考えたからです。そこで、僕らの先行研究で既に利用しているcAMP合成酵素のドメインを黄・青緑色光変換型に融合させたところ、これはとても幸運だったのですが、青緑色光照射でcAMPの合成が活性化される分子を開発することができました。


応用利用のPoCまで示すことができましたので、これら一連のデータをまとめて(実際にはAM1_1499g1以外の分子に対する変異導入実験もたくさん含んでいます)、まずは化学系のトップジャーナルであるJACSに2019年の年末に投稿したのですが、敢えなくエディターキックを喰らってしまいました。。その後、米共著者にPNASに挑戦したいと伝えたところ、良いけどJACSより難しいと思うよ、という返答が返ってきました。。その返答にさらに悩んでしまい(笑)、CRESTで共同研究している方に更に相談したところ、後押ししてくれる言葉をいただいたので、ブレずに挑戦しようということで、PNASに投稿しました。その結果、かなり好意的な返事が返ってきて、マイナーリビジョンという扱いでした。エディターのコメントは以下の様な感じでした。"Based on the positive assessment of both reviewers, this manuscript will be acceptable for publication in XXX given satisfactory attention to the relatively minor revisions requested."更に、一人のレビュアーが追加実験を提案していたのですが、それについてもエディターの方が、"Although Reviewer #1 suggests additional XXX analysis to provide deeper insights into the XXX features observed, this extension of the scope of the information presented is optional; not a prerequisite for publication."とコメントしてくれて、追加実験は必須ではないよ、とまで言ってくれました。とは言え、提案された追加実験は、大学の共有機器で行うことができそうだったので、すぐにその機器を借りる手配をして、追加実験を行うことができました。その後は、答えるべきことに答えたリバイスをしたら、そのままアクセプトという流れです(Fushimi et al. 2020 PNAS)。


さて、このような形でうまくAM1_1499g1については着地できたわけですが、前述したように、AM1_6305g1において、第二のCys残基を置換しても、異性化活性に何ら影響が出ないという不可思議な結果がありました。こちらについても、論文執筆や投稿の合間に色々と考え続けていたのですが、AM1_1499g1とAM1_6305g1の間で異なるアミノ酸残基が存在していることに思い至りました。これらのアミノ酸残基は、20 nmほどの吸収ピークの違いを決めているものだったのですが、これが吸収波長だけでなく、異性化にも実は関係しているのではないか、という発想です。実際に、それを検証する実験を行ったところ、詳細は省きますが、ビンゴでして、第二のCysがない時に、これらのアミノ酸残基が機能を発揮することで異性化活性を保っていたということが明らかになったのです。これについて、AM1_6305g1に対する置換だけでなく、AM1_1499g1に対する逆向きの置換も行うことで、非常に論理的に整合性の良い形にデータをまとめることができ、続報としてBiochem. J.に2021年の2月に論文が受理されました(Fushimi et al. 2021 Biochem. J.)。この論文の時は、初稿の段階で"I am pleased to say that, on the basis of the reports received from them, the Journal can provisionally accept your paper for publication"というほぼアクセプトという返事をいただけました。ダブル差スペクトルという非常にマニアックな計算をすることで、僅かな差を議論していたのですが、その件について、レビュアーの方からは、"I am most impressed by the subtlety of the authors' analysis"というコメントをいただきました。


更に、捩れ型と緩和型の分子について、当時の卒業研究生である松永くんが解析をしている時に、捩れ型の方が緩和型よりも暗反転が早いという現象に気がつきました。そこで、この現象を他の分子にも広げて、詳しく解析したところ、捩れ型では暗反転が早くなるという現象が広く適用されるということを見出すことができ、こちらも続報としてPNASが出てまもないタイミングで、Photochem. Photobiol. Sci.誌に報告することができました(Fushimi et al. 2020 Photochem. Photobiol. Sci.)。


このように、2018年のJBC論文をきっかけに、2013年当時に実験していた分子が掘り起こされ、当初は小さい論文としてまとめる形で始めたプロジェクトが、あれよあれよと大きくなっていき、PNAS, Biochem. J., Photochem. Photochem. Sci.の3つの論文の成果に至ったのは、中々に感慨深いです。見つかった現象を取りこぼすことなく、とことん追求できたからこそ、だと思っています。今後も、なるべくこのように、深く深く追求するスタンスを継続していければと思っています。





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